レポートNo123 2014.8.21  <倉林 勝>

ファストファッション

ファストファッションが抱える問題を追求し、スローファッション、エシカルファッションへの流れを著した、エリザベス・L・クライン著の「ファストファッション」を紹介する。それに合わせて、日本の家計消費中で衣料消費の構成比がどのように変化してきたかを見る。また、ファーストリテイリング売上と輸入浸透率の推移を記す。


ファストファッション

(SPAからファストファッション、そしてスローファッション、エシカルファッションへ)

 

衣料品が今のように安価で大量に消費・破棄されるようになったのはいつからだろうか。

SPAは1986年にアメリカGAPが自らを「pecialty store retailer of raivate label pprel」と定義したことから始まる。「独自ブランドに特化した専門衣料小売店」を、GAPの製造販売スタイルから日本では「製造小売業」を表すようになり、多くの小売業(衣料品に関わらず)がその手法を取上げた。

 

ファストファッション(fast fashion)は2000年代半ばころからZARAやH&Mの世界進出合わせてファストフードのように低価格で、SPAの手法を取り入れ、かつ素早く流行を取り入れた衣料品を呼ぶようになった。ファストファッションは2009年の新語・流行語大賞トップテンに選ばれているので比較的新しい言葉で、ファーストフードがいつの間にかファストフードに変わったのもこの頃だ。

日本では1991年にユニクロを運営する小郡商事がファーストリテイリングに社名を変更した。ファースト(早い)リテイリング(小売業)・・・ファーストフードのようにいつでもどこでも誰でもすぐ食べられる(着られる)アパレル小売業を目指し、顧客要望の即商品化という企業理念を込めた社名とした。

 

現在(2013年度)世界には1兆円を超えるアパレル専門店が5社あるが、SPAやファストファッションの企業だ。

1位・・・Inditex(インディテックス・スペイン、14年1月期)・・・2兆3313億円

(基幹業態構成比 ZARA 64.6%)

2位・・・H&M(ヘネス&マウリッツ・スエーデン、13年11月期)・・・2兆312億円

(基幹業態構成比 H&M 95%超え)

3位・・・GAP(ギャップ・アメリカ、14年1月期)・・・1兆6600億円、

(基幹業態構成比 GAP 39.3%、OldNavy 38.7%)

4位・・・Fast Retailing(ファーストリテイリング・日本、13年8月期)・・・1兆1430億円

(基幹業態構成比 Uniqlo 81.7%)

5位・・・L Brands(エルブランズ=リミテッド・アメリカ、13年1月期)・・・1兆1074億円

(基幹業態構成比 Victoria‘s Secret 62.0%)

(資料 ファッション流通ブログ)

インディテックスは1985年創業、H&Mは1947年に創立するが、1968年にHennes & Mouritzに社名変更、GAPは1969年設立、ファーストリテイリングは小郡商事として1949年に創業するが1984年にユニクロ1号店出店、リミテッドは1982年創業だが、2013年3月にエルブランズに社名変更。

これらの企業は1980年代中頃から始まり、1989年のベルリンの壁崩壊による東西冷戦の終結、グローバリズムの進展にともない生産・販売を世界に拡大してきた。

 

ここにきて、大量生産・大量消費・大量破棄に象徴される「ファストファッション」に対し、「スローファッション」や「エシカルファッション」という動きが出始めた。

スローファッションは使い捨てが豊かさの象徴といった考えから、良いものを長く使う、自国産の良質な製品を長くゆっくりと味わいながら使うといった意味だ。自然環境破壊や低開発国での搾取労働などをベースに大量生産・消費・破棄されてきた今までの「豊かさの価値観」から「新たな価値観」が生まれ始めている。

この流れは次にエシカルファッションへと変化する。

エシカル(ethical)とは「倫理的」「道徳的」という意味の形容詞で、近年はエシカル○○○と表現され、倫理的、環境保全や社会貢献といった意味合いの強いものを指すようになった。

エシカルファッションは、素材の選定、購入先、製造方法、流通など全般の「共生社会の持続可能性」を重視する「倫理的消費」を意識する生活態度から生まれている。

環境に負担をかけないオーガニック素材や、正しい労働条件や公正な賃金からなるフェアトレードなどが意識される。

こうした流れから、古着、手づくりファッション、衣類の交換、レンタルなどの動きが出始め、それらの委託販売、共同利用などをeBayやEtsyなどを利用する動きも活発になってきた。

 

(A)ファストファッション(クローゼットの中の憂鬱)

著者・エリザベス・L・クライン(アメリカ人)

出版社・春秋社 2014年5月発行 2200円+税

格安ファッションチェーンは、問題の多い現代の消費文化の縮図でもある。私たちは前代未聞のペースで、買っては捨てている。購入するときに考えるのは、「何が流行しているか?」ただそれだけだ。

このような状況の中で著者は

序章・ファッション民主主義の憂鬱

1章・店を開けるくらいの大量の服を持っている

2章・アメリカでシャツが作れらなくなった理由

3章・高級ファッションと格安ファッションの意外な関係

4章・ファストファッション・・・流行という暴君

5章・格安の服が行きつくところ

6章・縫製工場の現実

7章・中国の発展と格安ファッションの終焉

8章・縫う・作り変える・直す

9章・ファッションのこれから

10章から構成されるこの本を著した。アパレルや手づくりに関係する人たちにとって示唆に富む本と思うので紹介する。

アメリカのアパレル業界の推移・低価格チェーンの台頭によるニューヨーク服飾産業の衰退・国産品から輸入品への変化の中での人々暮し・グローバリゼーションの影響による賃金の低下・国内縫製技術の崩壊・高級ファッションでは利益が出ないが、バックや靴、時計、香水などで利益を上げるブランドビジネスの構造・ファッションのリスク(流行の変化・売れ残り)に対するZARAの生産方式などが記されている。

また、1億3200万トンの石炭と9兆リットルの水を使用する繊維が環境を汚染する姿・それらの商品が廃棄される実態・劣悪な環境での生産過程、素材価格の上昇、中国の人件費高騰、中国に変わる生産地の不足などから安く売る構図の変化・ファストファッションからスローファッションへの変化などが語られる。

 

8章・縫う・作り変える・直す・・・抜粋

:サラ・ケイト・ビューモントは2008年夏以来、身に着けるもの全てを自分の手で作っている。手づくりを始めた時期が世界金融危機と重なっているのは偶然ではない。「リビングの床に座って銀行の通帳を見ていたとき、突然思い立ったの」と彼女は言った。「手づくりすれば、節約できるってね」

ビューモントの制作スタジオは、こぎれいな路地に面しているビルの一画にある。大きな見晴らしの窓のあるこの小さなスタジオは、Very Sweet Life(とびっきりの人生)と命名されている。型紙制作用のテーブルがいくつかと、ミシンが数台、アイロン台。それに、いつも最新作を着せているボディスタンドがある。

ビューモントが身に着けているものは、一つ残らず自分で作ったものだ。そう聞くとたいてい、原始的で単純な服を創造するだろう。だが彼女の服は、大手チェーン店と同レベルか、それ以上だ。大事なのはその点だ。自分の服を縫うとき、ビューモントは高級ファッションでしか使われない袋縫いという手法を使うことが多い。また、素材はシルクニット、ベルベット、サッカーなどの素材を好んで使う。既製品ではあまり見かけない生地だ。

現在のアパレル産業は、利潤追求の論理に従って服の品質を下げている。だがビューモントは手づくりすることでその枠組みから解放され、上質の服を着て暮らしている。

 

:ビューモントに会った時には、すでにアパレル業界には幻滅していた。はっきりわかったからだ。アパレル業界は利益を生み続けるために流行を決定し、つくり、勝手に壊している。業界はあまりに巨大化し、価格競争は極度に激化し、安いコストで休みなく新商品を作り続けない限り、立ち行かない。

品質は崩壊してしまった。自分の服に対する愛着や尊敬の念を、今ほど多くの人が失ってしまったのも、企業が今ほどやりたい放題に見えるのも、初めてだ。それもこれも、アパレル業が工業化し、大量の宣伝費を費やして巧妙なやり口を駆使する産業になり下がったせいだ。

 

:ビューモントのブログの書き込みは次の通りだ。

スローフードという運動がありますね。それにならって、自分の着る服の大半を手づくりしようというこの企画を「スロークローズ」と呼ぼうと思います。大量生産の服は、ファストフードと同じく飢えと必要性を満たしてはくれますが、耐久性に欠け、無駄の多いものです。自分で縫った服には、手料理と同じく愛情と栄養が詰まっています。服だって栄養たっぷりになれるのです。

 

:着るもの全てを、とは言わないまでも、大半を自分で作れるかというと、それすら怪しかった。おそらく無理だろう。でも裁縫を習ったことで、衣服に関する考え方は変わった。人類には何千年ものあいだ服を自分の手で作ってきた歴史があり、衣服の始まりは最後の氷河期にまでさかのぼる。店で買う、融通のきかないプレハブ式の服は、ごく最近の発明品なのだ。ハンドメイドやオーダーメイドを完全にあきらめたとき、私たちはさまざまな意匠や高い品質、細部に手をかけた仕上などを失った。それと一緒に、服を自分にぴったりのサイズに合わせることも忘れてしまったのだ。

 

:ミシンの発明で社会には変革が起き、人々の日常生活は根本から変わった。女性は長時間に及ぶ単調な手縫いの仕事から解放された。発明された1800年代半ばには、ミシンはとてつもなく高価だった。それでも、縫物の時間を奇跡的に短縮してくれるこの最新式の機械を多くの人が買い求めた。

ミシンの登場から間もなく、衣料品の工業生産が始まり、服は店で売られるようになった。それでも、服の手縫いや誂え、仕立てといった習慣は、20世紀に入ってからも長く続いた。

だが、1970年代に格安の輸入衣料品が流入するようになると、ミシンや裁縫の技術を持つ人が、徐々に減り始めた。ハンドメイドやオーダーメイドの服は、この時の数十年でほぼ絶滅したといえる。安い輸入物が入ってきたことで、服を自分で作る習慣がなくなり、ドレスメーカーや仕立屋の専門技術が時代遅れになった。

私は裁縫を習ったことが一度もない。たった一世代で、裁縫の技術は失われてしまったのだ。

それでも「裁縫はとても大事だ」。今の人はボタンがとれても付けることもできない。ボタンなしで着るか、捨ててしまって新しい服を買うかどちらかしかない。裁縫の技術が急激に失われているのは恥ずべきことだ。

 

:今のミシンには数多くの工夫がある。メーカーは落ち込んだ売上を再び上向かせるために、まったく新しい市場の開拓に乗り出した。その市場とは、趣味の裁縫だ。

タイム誌によると、裁縫を趣味とするアメリカ人の数は2006年でおよそ3500万人と、2000年の3000万人と比べて増加している。ハンドメイドの楽しみを知る人が増えるにつれて、裁縫を趣味とする人の数も増え続けている。

私の場合、裁縫を覚えたからといって着ているものすべてを作れるようになったわけではない。だがおかげで、服とは必ずしも完成されたものではなく、変更の余地があると気がついた。リフォームしたり、繕ったりできるものなのだ。そう考えると、クローゼットに服のほとんどすべてが、急にさまざまな可能性を秘めたものに見えてくる。やり方次第で、もっと頻繁に着られるかも知れない。それどころか大のお気に入りになる可能性さえある。わたしは裁縫を覚えたおかげで、技術と愛情をもってつくられた服を見分けられるようになった。

 

:格安ファッション店で買い物をしていた頃は、私と同じ服を持っている人は何千人も、いやひょっとすると何万人もいた。あるとき、レストランで席についたとたん、同じようなシャツを着た人が4人いることに気付いた。これは服が大量生産されている現代では、日常的に起きることだ。そうなると、個性的なオーダーメイドの魅力はますます高まる。「自分で作った服を着るなら、同じものを着ている人は世界であなたの他にはひとりもいないのよ。考えてもみて、素敵でしょう」

消費者がオーダーメイドに回帰し、世界に1枚の服を求めはじめることを想像すると、「大規模ファッソン」後が楽しみだ。

現代の生活では、自分の使うものを自分で作り出したり、着る服のデザインや機能を自分で決めたりする機会が少なすぎる。裁縫をすると、主体的に行動し、自給自足をしている手ごたえが得られる。服の仕組みもわかる。裁縫をするということは、スタイルと品質を決定する力を手に入れるということだ。業界のシステムに、何も委ねる必要がなくなるのだ。売られているものを買うだけでは決して得られない満足感。それが、わたしが体験したものだった。

 

あとがき・・・抜粋

:アパレル業界全体が常軌を逸するに至った経緯を詳細にリポートする。

 

:格安の流行品を売るチェーン店が、現代の私たちの生活にいかに密接にかかわっているか。生産移転による国内雇用の減少にも、世界中の縫製工場での悲惨な搾取労働にも、更にはアメリカ国内の所得格差拡大にまで、多大な影響を及ぼしている。海外で生産した商品を低価格で販売することと、世界中にはびこる貧困とは表裏一体の関係にある。所得と地域社会の安定を揺るがし、環境問題を絶望的なまでに悪化させているのは、現代人の極端な大量消費だと思う。なかでも最も大量に消費されているものが衣料品だ。

 

:私たちは電化製品や家具や装飾品、とりわけ衣料品を前代未聞のペースで買っては捨てている。1991年から2011年までの20年間で、アメリカ人が1年間に購入する衣料品の数は倍になった。繊維のゴミの量も1999年と比べて40%も増加している。

 

:ファストファッションは崩壊の兆しが見えている。

バングラデシュの人口過密な首都ダッカで、服飾工場は違法な場所に無計画に建設されている。ダッカにはインフラも基本的な安全対策もかけている。2013年4月、ダッカ郊外の縫製工場などが入った8階建てのビル“ラナ・プラザ”が崩壊し1129人の労働者が亡くなった。犠牲者の多くは欧米ブランド向けの商品を作っていた。ラナ・プラザの崩壊は、服飾業界史上最悪の惨事といわれ、その後、ファッション業界の労働条件と安全基準を、すみやかに、かつ根本的に変えるための運動が世界中で始まった。バングラデシュで生産を行う大手企業は、工場の労働環境にもっと責任を持つべきだとしてやり玉に上がった。しかし、欧米の消費者にも罪がないとは決して言えない。格安の商品をもてはやす消費者こそが、アパレル企業に低価格を強い、そのプレッシャーが工場に、ひいてはそこで働く労働者に転嫁されているのだから。

ファストファッションのシステムは年中無休だ。工場は来る日も来る日も、ギリギリの低コストで新たな流行品を作り、出荷するよう要求される。「安く・早く」が合言葉になっている限り、衣料品は最も危険で最も労働環境の劣悪な工場で生産され続ける。

 

:ラナ・プラザの悲劇が起き、アメリカ国民の怒りが大きく広がったとき、私を含む誰もが突然、天のお告げでも聞いたように気づいたのだ。ファッションの新たなパラダイムを社会が受け入れつつあることに。それは、搾取、無駄、貪欲といったものに立脚することのない、従来とは全く異なるパラダイムだ。時代の流れは変わっていたのだ。それも思いがけない速さで。ニューヨークタイムスの本書の書評には「“スローファッション”は“流行のファッションに匹敵する地位”を獲得した」と記した。

 

:エシカルファッションで最も重要なのは技術革新だ。真の革新のリソースを持ち、責任を担っているのは大手チェーンストアや巨大ブランド、それにファッションスクールに他ならない。サスティナビリティという言葉は今、アパレル業界の流行語のようになっている。大手企業が正しい方向に一歩踏み出したときは、私たちもそれを評価すべきだ。プーマが最近開発した靴や衣料品のシリーズは、靴も服も全て生分解もしくは再生利用が可能なシリーズだ。ティンバーランドが発売した皮革ブーツにも再生ゴムとオーガニックコットンの靴紐、それに環境にやさしいなめし剤を使った。また、リーバイス、H&M、ZARA、ユニクロ、ビクトリアシークレットなどの多くの企業が2020年までにサプライチェーンの健全化を図ると宣言している。きっかけは、国際環境NGOのグリーンピースが出した声明だ。生産過程で危険性のある化学物質を使っているとして、何十社もの大手ブランドが批判されたのだ。

 

:驚くべき変化は、国産品の割合がわずかに増えていることだろう。アトランティック誌は国産品ブームの到来を予告し、ニューヨークタイムス誌は、地域で生産された商品を支援することが「ステータスシンボルになった」と報じている。国産品が選ばれる理由は、愛国心や義務感だけではない。今や職人技や伝統、経済的成功の象徴となったことも、その一因だ。

 

:ファッショナブルでありながら、しかも安くすむようなエコファッションの実践を呼びかける学生運動が高まりを見せている。大学のキャンパスでは、古着やヴィンテージもの、手づくりファッション、衣類の交換会、レンタルなどが大流行だ。現在さまざまな大学で盛んに行われている「節約運動」は次の5つの基本原則に基づいている。①古いものこそ新しい、②スタイルの組合せに挑戦しよう、③買うより交換すべし、④タダより素敵なものはない、⑤社会的責任を意識することこそ、今一番トレンディ。

 

:消費者があまりにも繊維ゴミの問題に無知だということ、過剰な消費による環境への付加は寄付(救世軍等)では打ち消せない。繊維はほぼ100%再利用もしくは再生が可能だ。ゴミを減らして服や繊維を再利用することこそ、エシカルファッションのかなめだ。古着の購入、委託販売、共同利用、交換、レンタルといった方法に加えて、eBay、Etsyなどのウェブサイトで売りに出す方法もある。販売店での引き取りシステムも。徐々に広がっている。

 

:安物買いの銭失いをやめ、何年経っても着られる服に投資する方が、長い目で見れば経済的だ。

本当に好きな服だけを買うこと。必要以上に買い過ぎないこと。そして、最大限に着まわすことだ。どこで買うかより、どう買うか。それこそが重要なのである。

 

1世帯当り(2人以上)の消費支出は1995年(ピークは1997年)まで増加するが、その後は低下し続ける。その後2012年、13年と若干ではあるが増加する。

理由は幾つかあるだろうが、日本のGDPが1997年をピークにマイナス成長となり、長いデフレ下にあったことも大きな要因だろう。また、世帯人員が1980年の3.82人から2013年の3.05人まで減少し、世帯当たりの消費人口減もある。更に、世帯主の高齢化(1080年の45.1歳⇒2013年57.9歳)もあるだろう。ここ1・2年の増加がデフレ脱却、景気回復傾向にあるとすれば、景気回復が最重要の要因といえるだろう。

 

世帯の総数は1990年の4067万世帯から2010年には5184万世帯まで増加する。特に単独世帯は1990年の939万世帯から2010年には1679万世帯まで増加し、独身単身や高齢単身世帯が急激に増加していく。

 

食料費は1990年(ピークは1997年)から減少し、構成比も31%台から25%台まで低下する。

消費支出に占める食料費はエンゲル係数と呼ばれるが、全世帯を対象としたエンゲル係数は23%台で、2人以上世帯とは差がある。

食料費全体は減少するが、乳製品(ミルク・ヨーグルト・チーズ等)、風味調味料、チョコレート、アイスクリームやシャーベット、調理食品、飲料(ミネラルウォーター等)は増加している。簡単に作る、作られたものを利用する、健康志向など中食市場が成長している。

 

衣料及び履物は食料と同様に1990年(ピークは1991年)から低下する。

男子用洋服も婦人用洋服、婦人用シャツセーターも1990年(ピークは1991年)から減少する。

1世帯当たりの購入数を見ると背広服は1991年の0.339(100世帯で33.9着購入)から2013年には0.141と半減する。婦人服も同様に1991年の1.246から2013年には0.726まで減少する。

婦人用シャツセーターはブラウスやセーターが大きく減少するが、一方で他の婦人用シャツは1991年の5990円から2013年には8531円まで増加し、数量も2.058から4.470と倍増する。

カジュアル化の流れが大きく影響しているのだろう。

 

生地糸類は1975年(S50)の17.133円をピークに激しく低下し、家計消費の構成比は限りなくゼロ近づいてしまった。昭和50年代は衣料品の種類や品質の点から生地を購入し、洋装店で仕立ててもらったり、自分で作ったりすることが多かったが、1995年以降は一気に低下の速度を速めて行く。低価格衣料品の台頭が手作りを追いやった感がする。

 

その他消費支出の中のカバン類、装身具(アクセサリー)を見ると、カバン類(ハンドバックほか)は大きな変化がなく、装身具は減少傾向にある。その他消費支出の中では理美容用品(特に化粧品)は1991年の42.926円から2013年には51.788円まで拡大する。ほぼ婦人用洋服とシャツセーター類の合計と同程度の消費となっている。

 

消費支出の中で突出している科目は移動電話通信料(携帯電話等の通信料)で2000年から新たな品目として加えられたが、増加の一途で2013年には婦人服の約3倍となった。

長期に見ると電気代、ペット関連(ペットフード、動物病院代、他の愛玩動物・同用品)、外国パック旅行費、自動車購入、ガソリン代などが増加している。

 

家計消費支出は1980年から1990年にかけて135.0%増加し、1990年から2000年にかけて102.0%増加した。しかし2000年から2010年にかけては91.5%に減少した。

一方、被服及び履物は1980年から1990年に126.6%増加したが、1990年から2000年には71.4%に減少し、2000年から2010年には更に70.8%に減少した。1990年から2010年にかけて半減したことになる。

バブル崩壊以降のアパレル市場が大きく変化したことによるだろう。

 

(C)ファーストリテイリング売上推移と輸入浸透率

私が初めてフリースを購入したのは1995・6年頃モンベルの商品で1万円前後した。軽くて暖かで着心地も良く今日も着用に耐えている。

1998年にユニクロがフリース1900円のキャンペーンを行い、同時期に首都圏初の都心型店舗を原宿に出店し大ブームを巻き起こした。売上も1998年の831億円から2002年には3441億円まで拡大した。他の衣料品小売店においてもユニクロの影響受けてSPAや海外生産が急加速し、衣料品価格は低下の一途をたどっていく。

衣料品の輸入浸透率は上昇し、国内生産は壊滅状況となる。

ユニクロの与えたインパクトは衣料品のみならず、その周辺商品や、他の商品にも大きな影響を与えた。

ファーストリテイリングの売上は海外も含むが驚異的な成長だ。それに合わせて、輸入浸透率は上昇し、価格の低下とともに家計の中の衣料品消費構成比は低下していく。

個人的な見解だが、ユニクロのフリースブームに合わせて衣料品価格が一気に低下していくと同時に、手づくりでの衣料品作りは一気に低下した。

2000年になるまでは、減ったとは言いながら夏はサンドレス等の簡単な衣料の消費は結構あったが、2000年以降は完全に材料高(国産)の製品安(輸入品)となり、手づくりは実用から趣味の世界に変わると同時に市場規模が縮小した。

しかし、エリザベス・クラインの「ファストファッション」ではないが、低価格衣料品にも陰りが見え始め、生活スタイルの流れが変わる小さな兆しが見え始めたようだ。

是非、一読されて、次の時代を考えて欲しい。

 

以上