レポートNo77 2013.4.17  <倉林 勝>

デフレと三本の矢

安倍総理の放つ三本の矢、第一番目の矢である金融戦略は「異次元の政策」として、強烈に放たれた。続く財政政策は10兆円を超える補正予算や戦後最大規模の予算の執行を計画している。3本目の矢である成長戦略は、6月頃をメドに計画されるが、TPPも含んでのことだろう。

物価目標2%は消費税が8%に増税されれば、十分達成できるが、内閣参与の浜田教授も日銀副総裁の岩田氏も、クルーグマン教授も増税は反対の立場だ。1997年の増税時から小売業は大きく変化し、価格対応型の専門店チェーンが百貨店やGMSにとって代わった。今回も小売業の激変が予想される。


戦国時代最高の知将といわれる毛利元就は、ある日3人の息子を呼び寄せ1本の矢を折るように命じた。息子たちが難なくこれを折ると、次は3本の矢束を折るように命じたが誰も折ることができなかった。元就は1本では脆い矢も束ねれば頑丈になることを示し、3兄弟の結束を訴えかけた。これが「3本の矢」の逸話である。

アパレルのユナイテッドアローズはこの「3本の矢」を束矢理念とし、社名をUnited(束ねた)Arrows(矢)とし、ロゴも「束ねた矢」を正面から見たイメージをモチーフにしUaを組み合わせて誕生した。リアル店舗とネットを融合し好業績を続けている。

 

安倍首相は郷里の偉人から得た「3本の矢」を金融戦略、財政戦略、成長戦略の矢とし、それを束ねて日本が長期に落ちいったデフレからの脱却を目指すこととした。

昨年11月14日の野田前首相との党首討論で議員定数削減を約束し、解散時期が明確になった時から、アベノミクスへの期待が高まり、円相場も株価も大きく動き始めた。

11月14日の日経平均株価は8664円であったが、今年3月末には12397円と4割を超える大幅増となり、また、1ドル79円台だった円ドル相場は100円に近付き、ユーロも130円に近付き、大幅な円安となった。

東証1部の時価総額は昨年11月末の275兆円から今年3月末には363兆円と約90兆円増加した。

株式を保有する富裕層が動き出したのか、百貨店売上は1月、2月と前年を上回り3月は大きく上回る見込みだ。特に、身の回り品(高級バックなど)、美術・宝飾・貴金属(高級時計)、また、ラグジュアリーブランドが売り上げを牽引している。

安倍総理大臣就任以来、具体的に何かをしたわけではないが、目標を掲げたことで「気」が変化し、為替介入を行わずに円安株高の流れが生まれた。

 

安倍首相は内閣参与にイェール大学名誉教授の浜田宏一氏を迎え、3月に入り日銀総裁を黒田東彦氏、副総裁を岩田規久男氏とリフレ派をそろえ、物価上昇目標を2%とした。

1月の政府と日銀(白川前総裁時)の共同声明でも、物価安定のメド(Goal)から物価安定の目標(Target)2%に変えたが、国債などの金融資産の購入を2013年末までは従来通りで本格的には2014年からとした。

4月に入り日銀は物価安定の目標2%を2年間で目指すという責任(Commitment)を発表し、「異次元の政策」を発表した。多くのサプライズを生み、円安株高が加速した。

 

国内総生産(GDP)はバブル崩壊後も増加し続けた。しかし、1997年橋本政権時に消費税を3%から5%に上げ、日本版ビックバンと呼ばれる金融システム改革を進める中で、多くの金融機関が破綻し、国内総生産も1998年には前年比△2.1%と大きく低下した。その後、今日まで低成長あるいはマイナス成長となり、1997年の523兆円から2011年には468兆円まで減少した。

バブル崩壊以降、失われた20年といわれるが、1997年までは70年代、80年代の高成長ではないが、成長を維持していた。すべては消費税増税から悪化の道を進んでいる。

消費者物価は2010年を100とすると、1993年は100.6でその間大きく変わることなく、前年比では多くの年でマイナスを記録した。これがデフレといわれる所以である。

現金給与の伸びも1998年以降大半の年で前年比マイナスを続け、小売業販売額も1996年の146兆円をピークに2011年は135兆円まで下落した。

消費者物価上昇率は1870年、80年代の高度成長期、バブル期には大きく上昇するが、バブル崩壊後の1992年以降、小泉政権時においても2%を超えた時はない。

物価2%の上昇は至難のわざとも思える。

 

(A)デフレーション

デフレーション(Deflation)は、物価が持続的に下落していく経済現象をさし、通貨収縮とも呼ばれる。

経済全体では需要と供給のバランスが崩れ、総需要が総供給を下回ることが主な原因で、貨幣的要因(マネーサプライの減少)も需給ギャップをもたらすといわれる。

 

安倍政権の内閣参与である浜田宏一氏は、「アメリカは日本経済の復活を知っている」(2013年・講談社)のなかで、

今国民生活に多大な苦しみをもたらせているのは、デフレと円高である。デフレは円という通貨の財に対する相対価格、円高は外国通貨に対する相対価値、つまり貨幣的な問題なのである。したがって、それはもっぱら金融政策で解消できるものであり、また金融政策で対処するのが日本銀行の責務である。

金融緩和は、ただ量だけで効くのではない。期待を通じての効果が大きいのである。

インフレゴールと買いオペ(中央銀行が市場から有価証券を買入れ、通貨を放出すること。市場にある通貨が増加するために金融を緩和し、金利を引き下げる効果がある)に対する積極的姿勢の表明は、株価、為替レートに対して明白に効くのだ。と書き記す。

 

日銀副総裁に就任した岩田規久男学習院大学経済学部教授は「デフレの経済学」(2001年・東洋経済新報社)のなかで、

消費者物価指数がある期間にわたって前期に比べて上昇し続ける場合には、インフレーションが発生しているといい、消費者物価指数の上昇率をインフレ率という。逆に、ある期間にわたって前期に比べ低下し続ければ、デフレーションが発生しているといい、その低下率をデフレ率という。

日本銀行はデフレとは、物価の全般的かつ持続的な下落を指す。旧経済企画庁はデフレの定義として、物価の下落をともなった景気低迷をさす。

国際的定義としてはIMFの、少なくとも2年間継続的に物価が下落する状態としていることから、岩田氏はIMFの定義を採用している。

また、岩田氏はデフレの歴史的教訓を次のように記す。

歴史の教訓1・・・デフレ下で(需要創出型以外の)構造改革を進めれば、デフレ・スパイラルに陥るリスクが大きい。それでもなお、構造改革をすすめて、2~3年後にデフレ・スパイラルから脱出できたという歴史的な事例はない。そうであれば、需要創出型以外の構造改革を進める前に、デフレから脱出する政策を優先すべきである。

歴史の教訓2・・・デフレから脱出して経済を正常な状況に戻すためには、デフレ政策からリフレ政策へと政策転換をはっきりと宣言し、人々にその政策転換を確信させ、それによってデフレ期待を完全に払拭することが重要である。

歴史の教訓3・・・人々のデフレ期待の払拭を確固たるものにするには、貨幣供給量の大幅な増加と為替レートの切り下げが有効である。

歴史の教訓4・・・人々の期待を、デフレから、デフレの収束あるいはインフレ期待へと変化させるためには、金融政策担当者のトップが、みずからの政策の効果を確信した人に変わらなければならない。

 

浜田氏も岩田氏もデフレを金融政策で終わらせることができるとし、日銀のいままでの政策に強い異議を唱えていた。

浜田氏は、人口減少や高齢化、労働生産人口の減少による需要減などがデフレの正体だとする、藻谷浩介氏の説などは「俗流経済学」とし、デフレは貨幣的な問題だとしている。

そしてここに、新たな日銀総裁、副総裁が新たに誕生し「異次元の政策」を発表し、今までの日銀の曖昧な「戦力の逐次投入」を批判し現時点で必要な措置の全てを講じたとし、従来の金利政策から市場に供給する貨幣の量を増やすマネタリーベースを中心とした政策に変更した。

2%の物価上昇目標を、これまでの「できるだけ早期」にから、「2年程度」と明示し、マネタリーベースを2年で2倍にするなど、具体的な政策を示し、強くデフレ脱却の道筋を発表した。

強いメッセージと貨幣供給量増加の即時開始等で、4月4日発表以来円安株高の流れは加速した。

 

デフレは貨幣的問題だとする人たちの政策が強く打ち出され、まずは1本目の金融政策という矢が放たれた。

 

(B)消費者物価指数(CPI Consumer Price Index

政府・日銀はデフレ脱却のために消費者物価指数を2%上昇させる目標を立てた。

物価は消費者が生活していく上で必要な、さまざまな財(モノ)やサービスの価格だが、消費者物価指数は個々の財やサービスの価格変化を総合したものである。

物価の上がり下がりを、比較の基準となる時点を決めて、その時の物価に対してどの程度上昇(または下落)したかを比較し、それを比率で表したものを物価指数という。

物価指数には生産者価格や卸売価格など企業間で取引される財に焦点をあてたものを企業物価指数とし日本銀行で作成されている。

これに対して、日常生活で消費者が購入する商品(財やサービス)の価格の動きを総合するのが消費者物価指数で、総務省統計局が昭和21年から作成している。

 

ある基準となる年に家計で購入した種々の商品を入れた買い物かご(マーケット・バスケット)を考え、この買い物かごの中と同じものを買い揃えるのに必要なお金がいくらかかるかを指数のかたちで表すのが消費者物価指数である。

基準時は西暦年の末尾が0と5を基準時として5年ごとに改定される。2010年(H22)に実際に買った商品やサービスを大きな買い物かごに入れて、それが全部で30万円とする。翌2011年に同じものを買い物かごに入れ、個々の商品の変動があったために、全部で31万円になったとすると1万円多くかかったことになる。2010年の30万円を100とすると、2011年の31万円は103.3となり、これが2011の消費者物価指数となる。

 

買い物かごに入れる品目は、家計の消費支出の実態を十分に反映できるように商品(財やサービス)587品目と「持家の帰属家賃」1品目を加えた588品目を選定している。そして、家計の消費支出金額に占める商品の割合に応じてウェイトを加味して、全体の物価の変化を図っている。

調査する品目は、商品の機能、規格、容量などの特性を規定したものを銘柄と呼んで、毎月同じ銘柄のものを継続的に調査している。

小売物価統計調査は全国167の市町村、調査店舗約2万7千店で、毎月行われている。

価格は実際に販売している平常の消費税込みの小売価格で、一時的な安売り(特売など)は含まれていない。

ウェイトは資料(長期経済統計3)に帰したように食料、住居、交通・通信、教養娯楽の順に重くなっている。

 

(C)金融戦略・成長戦略

3本の矢のうち、第1の矢である金融戦略は勢いよく動き出した。

次の矢である財政戦略は10兆円を超える補正予算を組んで、国土強靭に力を入れ始める。

国債を増発し、10年で200兆円規模の強靭化策も語られている。

ノーベル経済学受賞のポール・クルーグマン教授は「さっさと不況を終わらせろ」(2012年・早川書房)の中で

赤字国債を出して、大量の公共事業をやろう。今まで行われている景気刺激策は小さすぎる。これまでの規模の数倍をドーンとやるべきだ。ちゃんとGDPの需要と供給とのギャップを見て、それを埋める規模のものを一気にやるべきだ。そして中央銀行はそれを金融緩和で徹底的に支援すべきだ。それに伴う財政破綻だの金利上昇だのは、悪しき固為替制度の下にある、ユーロ圏のスペインやイタリアのようなかわいそうな国以外は、まったく心配する必要がない。と語る。

安倍首相は、この考え通りに進んでいるようだ。

 

成長戦略はまだ決まっていない。諮問会議を複数作り6月頃を戦略決定のメドとしているが、TPPもその一つであろう。金融緩和という国内政策が通貨安を引き起こしていることをIMFも米英の中央銀行も容認しているが、このことで日本の内需が強くなることを歓迎し、米英からの輸入が増えることを前提と考えているからだ。

需要が拡大し、成長することが重要な課題となった。

成長しなければ、雇用も所得も増えず、金融緩和のバブルが残るだけで、デフレは解消しないだろう。

 

D)消費者物価指数は上がるか

CPIを計算する物価は消費税込みの価格であるから、消費税を3%から5%に増税すると物価は1.94%上がることになる。1997年の増税時のCPIは前年比1.8%増であるから、ほぼ増税分物価は上昇した。しかし、その後は景気低迷や金融危機から物価は低下を続ける。

この頃から百貨店やGMSの凋落が始まり、そごう、マイカルが破綻し、西友はウォルマートの傘下に、ダイエーは産業再生機構の支援となった。そして、価格競争力を持つユニクロやしまむら、ニトリやマツモトキヨシなどのドラックストア、ヤマダ電機などの家電チェーン、ダイソーなどの100円ショップの台頭が始まる。

 

2014年に消費税を5%から8%に増税の予定である。しかし、安倍首相が信奉している浜田教授も、岩田副総裁も、クルーグマン教授も景気低迷・デフレ下の消費税増税は反対の立場である。日本の債務削減のために行うかは、まだ紆余曲折があるように思える。

消費税が5%から8%に増税され、それがすべての物価に反映されると、2.86%物価を押し上げる。

政府は、消費税還元セールなどを禁じる法案を国会に提出するのは、消費税が上がれば、必然的に物価が上がり2%の目標が達成されると考えているのだと勘繰ってしまう。

 

増税による価格上昇以外に、円安による輸入物価の上昇、資源価格の上昇などによる値上げは現在でも起きつつある。1997年の増税時は春季賃上げ率2.90%、現金給与総額伸び率2.0%と所得も上がり、増税分を個人でカバーできたが、翌年以降の現金給与総額伸び率はマイナスが続くことになった。

物価が上がり所得が増えなければ、消費者は買い控えるか、より低価格商品にシフトするかであろう。

大手チェーンストアはPB商品による低価格戦略を強く打ち出し、増税に対応する考えだ。

すでに、しまむら、ファーストリテイリング、無印良品、ニトリなどは価格を据え置くと宣言している。

また、外食(牛丼、ハンバーグ)などの低価格競争はより激しくなっている。

インターネット通販も価格競争力を強めている。

小売業は総需要が拡大しないと見ているのと同時に、小売業全体がオーバーストアのなかで、熾烈な価格競争で生き残りをかける時代に、安易な増税転嫁は起きにくく、想定の2.86%は厳しいように見ているのだろう。

株価上昇による資産効果で、一部商品の値上げなどは起こるだろうが、一般商品の値上げは想定より少ないだろう。

 

1997年の増税時にCPIは総合で1.8%の上昇をみるが、特に大きく増加した項目は水道・光熱、保健医療などの規制市場の価格である。

進めようとしているTPPは、いずれ規制緩和・撤廃と日本国内の構造を変えるであろう、これも物価を押し下げる要因として考えられる。

 

3本の矢が強固の矢となり、日本経済が成長し個人所得が上昇すれば、長年135兆円前後で推移する小売業販売額が増加することはあり得るだろう。しかし、物価は消費税による上昇、円安や資源価格などによる上昇もあるだろうが、小売業の競争や増税後の反動経験から値上げの抑制もある。

CPI25%強を占める食品は、米・小麦などの穀類、肉類、油脂類、酒類など世界から見て非常に高いものが多い。牛肉輸入が徐々に緩和されていくように、いずれTPPで規制が緩和されれば低価格に移行していく。

昼食がただのラーメンからチャーシューメンに変わっても物価が上がったわけではなく、購入科目が変化しただけだ。

消費者物価指数は若干上昇するであろうが、2%は厳しいと思う。しかし、2%の目標を掲げれば、少しは上昇しマイナスのデフレからは抜けられるかもしれない。

成熟した個人消費におけるコモディティ商品は低価格ですまし、余剰の資金があれば違う消費に向かうだろう。

アメリカの小売業はノードストロームなどの高級専門店が高成長をする一方で、ウォルマートやダラージェネラルなど低価格指向の小売業も成長している。

消費は低価格と、価格にこだわらない消費とに二極化し、小売業界も大きく変わるだろう。

かつて、消費税が3%から5%に増税された頃から、百貨店やGMSの退潮が始まり、価格志向の専門店チェーンが台頭したように、今回増税が実施されれば大きく変化する可能性を秘めている。

インターネット通販がさらに加速しそうだ。

 

E)長期経済統計

物価を考える上で、GDPの変化や小売業売上高の変化を整理した。

1970年から1990年は5年刻みに、1990年以降は各年を記載した。

また、各都市の経済的出来事の年表も整理した。

 

以上

資料.長期経済統計(1)、(2)、(3)

    長期経済年表

 


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